FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

第1話 前編

電話が急に鳴り出した。そもそも電話というものは急に鳴る物だから文法上の使い方としてはおかしいのかもしれない。それでも高杉信也にとっては急に鳴ったように感じられた。スーツの胸元に収めた携帯電話が鳴り響く。着信音は初期設定であるベルのままだ。若い子達のように流行りの歌が鳴るようにすればいいのだが、さすがに30を超えたら着うたや着メロでもないだろう。ディスプレイ上には斉藤課長と表示されていた。

「はい、高杉でございます」
「おい、今何やってる?」
相変わらず高圧的な物言いだ。市民を守る警察らしくパトロールに行って来いと命令したのはどこの斉藤課長でしたっけ?そんな言葉を喉元で押さえて警邏に言ってましたと答える。
「パトロールなんてどうでも良い。例の事件だ…また被害者が出た」
様々な言葉が省略された一言だったが、それだけで高杉には全てが理解出来た。否、高杉だけでなく諏訪川(すわがわ)市に住む人々に例の事件と言えば該当するのは1つだけだろう。

諏訪川市連続バラバラ殺人事件。

体中の脳や内臓を取り出され、解体された手足が体内へと詰め込まれる事件。最初現場を見た警官は言っていた。それはまるでお人形をばらばらに引き千切ったようだったと。バラバラになった手足、むせかえる臓物の匂い、湯気が出ているはらわた、そして血みどろの肉片。

諏訪川市は殺人事件が起きただけで周りが騒ぎ立てる程の田舎では無いし、人が殺される事を日常としている程の都会でもない。そんな中途半端な街で起きた殺人事件。町内の噂はこの事件で持ち切りになり、誰が犯人か名探偵よろしく話し始めた。そんな推理ごっこが出来たのは【しょせんは他人が死んだ事件。自分には関係無い】と思っていたからだろう。しかし現実は最初の事件から数日で動き出す。3日後には2件目のバラバラ殺人、そして次の日には3件目、今日は最初の事件が起きてから1週間経っているが既に10件もの命がばらばらにされていた。そして先程の課長からの電話で11件目が確認された。

市民は姿の見えない殺人鬼に怯え、警察は犯人探しにやっきになっている。しかし高杉の仕事は犯人逮捕ではない。生活安全課の主任である高杉信也の仕事は上司に命令されての町内パトロールだ。課長が指示したのに即座に変更する所がこの人らしいな。そんな事を考えているとタバコ臭い声が電話口から聞こえてきた。
「とにかくだ、10人以上もの被害者が出た以上このままにしておく訳にはいかない。すぐに署内で緊急対策会議を行う。一応お前も主任だから参加はしろ。会議は午後3時から第2会議室だ。遅れるなよ」
了解しました。そう言って電話を切る。携帯の画面には時刻が映し出され、それは午後1時半を表示していた。ここから署内までは30分もあれば着く。一時間以上早く戻ってもする事は無いし、部署に戻って所で仕事がある訳でもない。

しょうがない、近くの喫茶店で時間を潰すか。そんな事を考えながらパトロールの続きを行っていると携帯がメールの着信を知らせてくれた。妻からだ。件名は「今日、早く帰ってこれる?」で、本分は「大樹がまた学校で問題を起こしたらしいの。あなたからちゃんと言って下さい」挨拶も気遣いの言葉もなくシンプルに本題だけ。いつからこんな事務的になったのだろう?当然付き合う前までは最大限に気を遣っていたし、付き合ってからもお互いを大事にしていた。

もし、2人の関係が変わったのだとしたら、恋人から夫婦になった時だろう。よく結婚する前に一度同棲した方が良いという格言があるがその意味を身をもって味わった。恋人として見せる顔と家族として見せる顔は違う。外に出る時は化粧するが家では化粧しない。当たり前の事かも知れないが、それは心の化粧だ。

最初の内は大樹に対しても「あたし、男の子欲しかったのよね~。ちょうど良かったわ」なんて言っていたのに今となっては「やっぱり男の子の教育は男がするべきだと思うのよね」なんて言ってほっ放り出し、終いには「あたしだって働きたいの、あたしだって何かをして社会と繋がっていたいの」そう言って美咲はパートに出ていった。働くのは良い、そこまで理解が無いほど度量の無い夫では無い。しかしパート先の上司と手を繋いで街を歩いているのを許せるほど腑抜けでは無い。そしてそれを問いただす事が出来る程の勇気もない。「共働きしてるんだから家事は分担しましょうよ。あたしは家事。あなたは子育て」分けるという言葉だが実際には大樹の一切合財を押し付けてきた。

「あなたの子供なんだから当たり前でしょ。だってあたしの子じゃないんだもん」
正直この言葉を言われた時には手を上げそうになったがなんとか押し留まった。別に女性を殴るのはどうこうという訳じゃない。単に美咲の顔が浮かんだだけだ。
「高杉君の名前、信也って言うんだね。信じる…信じるか~信頼してるからね。女の子に手を上げるような男の子じゃないってさ」
単に美咲の言葉が湧き出てきただけだ。そうでなければとっくにDVをやらかして離婚だ。バツ1からバツ2になっていただろう。

諏訪川市で暗躍している殺人鬼。
自分から――家族から離れていこうとする妻。
反抗しているのならまだ良い、無視されたらどうしようもない。何を考えているのか分からない息子

問題は山積みだ。行きつけの喫茶店で振舞われるお気に入りのコーヒーを飲んでも、このもやもやは晴れはしない。スーツの内ポケットから煙草を出そうとしたが、路上喫煙禁止と言う6文字を思い出してその手を止める。さすがに警察官が違反するわけにもいかない。そういえば行きつけの喫茶店もこの時間は全席禁煙だ。しょうがない、署に戻って談話室で暇を潰すか。足を諏訪川署へと向けた。

諏訪川市役所の隣にある諏訪川警察署。諏訪川市の治安を守る場所だ。いや、それは単なる建前だな。本音を言うならば警察官という人種が働く場所にすぎない。よく警察官をヒーローだと思っている人がいるが、そんなのは勘違い。警察官というのは職業の一つに過ぎず、それ以上でもそれ以下でもないのだ。もし警察官がヒーローだというのならば、何故それが不祥事を起こすのか?何故それがもみ消しを行うのか?それこそヒーローでも無く単なる人間だという証明に他ならない。ヒーローになりたいんじゃなく、公務員になりたかったから。そう言う同僚だって沢山いる。現に自分もその1人だ。

不況、リストラ、倒産。不快な単語が万延するこの世界で公務員という3文字は魅力的だ。どうせなら官僚にでもなれば良かったが、そこまでの知能も努力もしなかった。結果、現実問題として入れそうな現場の警察官を希望して今に到る。そして、仕事中だというのに喫煙室で暇を潰している。3本目の煙草に火を付けた時後から声を掛けられた。

「よう、高杉じゃねぇか」
後ろを振り向く。見知った顔がそこにはあった。誰だったかな?どうも歳を取ると記憶力が悪くなる。頭のメモリーを弄っていると相手から勝手に喋りかけてきた。
「相変わらず暇そうだな、羨ましいぜ。こっちは世間を賑わしている例の犯人を追っかけてて、てんてこ舞いだってのによ」

ああ、思い出した。この高圧的な物言い。捜査部第3課の島田とかいう奴だ。以前一緒に仕事した事がある。捜査部第3課は詐欺や強迫などの知能犯犯罪を主に捜査する部署であり、一回おれおれ詐欺の捜査で一緒に仕事した事がある。仕事というかこっちは単なる資料調べで銀行口座や携帯電話の番号を調べただけであり、実際に捜査して犯人を捕まえたのは向こう。

短く刈りこんだ髪形に高圧的な視線。体格の良い体付きにドスの利いた低い声、外見と性格ってのは一致するなと仕事しながら思ったもんだ。最近入ってきた新入社員の中では抜きんでていて入社3年目にして早くも主任の噂が囁かれている有能な男。但し、有能な男が人格者とは限らない。この男を見ているとその言葉を実感出来る。

「お前等も例の犯人を探して四苦八苦しているそうだな。止めとけ止めとけ、お前じゃ見つけられないよ。お前みてぇにとろい奴は何をやっても無駄だ」
歳上に対してこの言葉。昔ならトイレに連れ込むどころかその場で口の利き方を体に教え込んでいたが、今となってはその気概も体力も無い。調子に乗った島田は更に軽口を叩く。
「ああ、一つだけ早いのがあったな。子作りだけは早いもんな。お子さん、もう高校生だっけ?32で高校生の息子とか、どんなにお盛んだったんだって話だよな~」
気持がぐつぐつ煮え滾ってくるが、そこまでは何とか我慢出来た。しかし、次の一言で限界を超えてしまった。

「後、カミさんに先立たれるのも早いな~結婚して僅か1か月だったっけ?ご愁傷様☆」
もう無理だった。煮え過ぎた感情は沸点を突破して体が勝手に反応していた。それは昔嫌というほどやってしまった行為。拳を握りしめ、相手の鼻に向けて正面から叩き付ける。鼻の骨が潰れる感触。相手は余りの痛さに蹲るから背中を叩いて地面に口づけをさせる。その後は上から踏みつけるだけだ。何度も、何度も。相手が許してくれと言っても止めない。相手が黙り、血を流し、痙攣し始めたらやっと止める。その見極めが大事だ。殺さない、でも無事にも済まさない。その微妙なタイトロープを10代の頃から繰り返し渡ってきた。

握り拳を放とうとした瞬間に右手を掴まれた。
「よう、高杉。相変わらずサボっているか?」
聞こえてきたのはお爺ちゃんと言っても差し支えない男の声、見えたのは白髪交じりの髪の毛に少し曲がった背中、そしてしわにまみれた顔だった。早川四郎。捜査部第一課に属するベテラン刑事だ。一課とは殺人事件や暴行事件を捜査するまさに捜査部門の顔と言うべき存在であり、早川さんはそこで生涯現役として捜査畑を歩いてきた人間だ。当然昇進の話もあったらしい。しかし課長や主任の話ですら、「自分は現場で捜査するのが性に合ってますから」と断り続けて間もなく定年を迎える。まさに生涯一刑事を貫いた男であり、そのスタイルに憧れる刑事も多く高杉にとっても信頼できる数少ない先輩の一人だ。

「先輩ほどじゃないですよ」
不思議だ、先輩に腕を掴まれただけなのに心も憤怒も落ち着いて行くのが分かる。先程までの感情は消え失せ平穏な気持ちに戻ってきた。
「ばっか、わしは良いんだよ。後3ヶ月で定年なんだぞ。サボらなきゃやってられないよ」
「部長から聞いてますよ。新任当初からサボらなきゃやってられないよって言っていたそうじゃないですか」
「ありゃ、バレたか。そう、若い頃は長い長い人生だからサボらなきゃやってられないよって言った記憶があるな。そして中年と呼ばれる頃になったら人生やっと折り返し地点だからサボらなきゃやってられないと言い、そして今は間もなく退職だからサボらなきゃやってられないと言う。全く、いつ本気出すんだって話だよな」
「でも、それが刑事人生を全うするコツなんでしょ?」
「そう、長くてハードな刑事生活。サボらなきゃやってられないってな」

お互いに冗談を言い合い何て事ないお喋りを始める。早川さんと話をしていた為、島田は置いてけぼりみたいな状態になっていた。苛立ち紛れに煙草を灰皿に押し付けて喫煙室を出る。
「間もなく会議だぞ、遅れるなよ。早川さんもですよ。遅れたらまた捜査部長にぐだぐだ言われますからね」
捨てセリフを言いながら島田をドアを閉める。2人きりになった喫煙室で早川さんがぼそっと一言を発した。
「悪かったな。島田が…失礼な事を言った」
「いえ、早川さんが謝る事じゃないですよ。それにこちらがお礼を言いたい位です」

「いや、部下の躾は先輩がすべき事だと思っているからな。こればかりはサボるわけにもいくまい。しっかし、相変わらずお前は手が早いな。年を取って丸くなったかと思っていたが全く変わっちゃいない」
「早川さんの若い頃ほどじゃないと思いますけど。相当無茶したらしいですね」
「お前さん程じゃないよ。少なくとも俺には組1つ潰すような真似出来ない。ああ、嫌な事思い出させたかな。すまなかった」

年上にも関わらず頭を下げてくる。早川さんはあまり言葉に気を遣うタイプじゃない。結果として相手の気を悪くさせる事もしばしばだ。しかしそれは気を悪く【させる】であり、気を悪く【させた】という事は無い。失言をしたと思ったら即座に謝る。部下だろうが新入社員だろうが関係無い。それが早川さんを早川さんたらしめていたし、それこそが新人から部長クラスまで慕われる要因になっているのだろう。

自分と早川さんが話している間、島田は苛立ち紛れに会議室に向かっていた。そんな島田に声を掛ける人物がいる。
「よう、島田。どうした?ご機嫌斜めじゃねぇか?」
同期に入社した捜査部第2課の鬼瓦だ。その名の通り獰猛そうな顔付き。人間のタイプが草食と肉食に分類されるとするならば間違いなく後者のタイプだ。それも島田のように小動物の肉を食うハイエナじゃない。象や熊にも戦いを挑んで勝利する巨大なライオンだ。

「何て事ねぇよ。ちっと高杉ともめてな」
「おいおい、高杉先輩だろ。呼び捨ては止めろよ」
「はぁ、あんなダメ中年にさん付けする必要は無ぇよ。敬語だって使う必要すら無いね」
「…お前、知らないのか?」
鬼瓦が不思議そうな顔で尋ねる。
「あの人、高杉先輩は昔ウチの課にいたんだぞ」
「そりゃ傑作だな」

島田は笑いを堪えていた。ここが行きつけの居酒屋なら大声を出して爆笑していただろう。捜査部第2課、別名暴力団対策課とも呼ばれている。警察の仕事に優劣の順位を付ける事自体間違っているが、恐らく警察署の中でもトップクラスの激務をこなす課だろう。実際問題毎年入ってくる新人達が声を揃えて入りたくないと言うのが捜査部第2課だ。おのダメ中年が暴対課か、あまりのギャップに想像すら出来ねぇや。島田はにやにやしながら高杉の過去を尋ねてみた。

「それでどうした?怖じ気づいて即座に生活安全課に飛ばされたんだろ?」
島田はだめ中年の失敗談が出てくると思っていたし、期待をしていた。しかし、鬼瓦から聞こえてきた答えは逆であった。
「違うよ。やり過ぎて、飛ばされたんだ。お前新城組壊滅事件って知ってるだろ?あれをやったのが高杉さんだ」

島田は信じられなかった。新城組壊滅事件。それは自分がまだ大学生活を始めたばかりの頃に起こった話だ。諏訪川市で猛威を奮っている暴力団、新城組。その恐ろしさは大学生であった自分にもよく聞き及んでいた。だが、ある事件をきっかけに1人の刑事が新城組を壊滅させたらしい。テレビドラマじゃねぇんだから1人で組潰すとか出来る訳ねぇだろ。友達同士そう話し合っていたし、刑事となった今でも脚色された部分が殆どだろうと思っていた。

しかしそれは尾ひれが付いた話でなければ、酒に酔ったうえでの戯言でもない。本当に、1人で、組を解散させたのだ。それは仕事というより私怨だったらしい。鬼瓦から事件の詳細を聞いても信じられなかった。しかもだ、それをやり遂げたのがだめ中年の名を欲しいままにしている高杉の親父だと?

島田が疑い深い表情をしていると鬼瓦が耳元でそっと囁いた。
「今言った話、信じられないって顔だな。まぁ、良いや。信じようが信じまいがそれは個人の勝手。だけどな、俺は高杉先輩が好きだし、あの人を尊敬している。その先輩をこけにするような言動や態度を取ったりしたら…分るよな?」
笑顔で囁いていた。しかし省略された部分の言葉は笑顔とは真逆だ。島田は怯えながら、
「ああ、気を付けるよ。精々な」
そう捨てセリフを残して会議室へと向かっていった。

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
プロフィール

ぺにーと

Author:ぺにーと
仕事くれと思ったり、仕事辞めてぇと思ったり、ニート最強と思ったり、そんな有意義な事を考えつつちまちま更新(?)していくブログです。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。