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第3話 前編

【誰の為の…何の為の少年審判か?】

最初の一文で中嶋限の動きは止まっていた。ディスプレイ上には短い一文が表示されていて、机の上では5本目のタバコが灰になろうとしていた。右手は所在無さげにマウスを弄り、左手はキーボードの上で停止していた。そして2つの眼は資料を見つめていた。

【被害者遺族らによる少年審判の傍聴制度を盛り込んだ改正少年法が15日、施行される。いつ裁判があるかさえ把握できなかった遺族らにどって、加害者少年の姿を見て、事件の内容を知る事が出来るのは大きな前進だが、審判の教育的機能が損なわれると指摘する声もある】

資料にもう一度目を通し、椅子の背もたれに体を預けて背伸びをする。背中をグイッと反らすと入り口のドアに大きく貼られた週刊ファーナル編集部という文字が目に入った。週刊ファーナル、世の中には数え切れないほどの雑誌があるが、その中でもメジャーな部類――ゴシップ雑誌と揶揄される書物だ。

芸能人のプライバシーを赤裸々に書き、政治腐敗を皮肉めいた口調で批判する。後は美味しいラーメン店を紹介したり、18歳未満は入れない夜の店を特集したりと様々な話題を提供――良い意味ではそうだが、悪い言い方をすれば節操のない雑誌だ。そしてたまに真面目な特集もする。今回の少年審判傍聴制度がそれにあたるのだ。

仲嶋限は悩んでいた。週刊の4年目記者、新人とは言えないがベテランと言えるほどでもない。そんな彼に任されたこの仕事、正直今までタレントの恋路や食べ歩き等の取材しかしてこなかった自分にとって、この話題は重すぎる。机の上にはこの法案改正に関する資料と、アルバイトの学生がこの件について街で取ってきたアンケートが並べられていた。そして中嶋は世論の声を読んでみる。

・【加害者の将来】を理由に、誰が、何故、わが子を殺したのかを知ることも出来ないのは、遺族にとってあまりにも理不尽。当然あるべき制度が出来た。そう評価する。――45歳 女性 主婦

・審判の場で事件の遺族と向き合う事で、加害者は改めてやった事の重みを初めて実感し、反省を深められる。良い制度だと思う。――21歳 男性 大学生

・被害者の関係者なのに真相を知れないのはおかしい。きちんと真実を、動機を、理由を、直接本人の口から聞きたい 65歳 男性 無職

これらは賛成意見だ。もちろん反対意見もある。中嶋は記事の構成を考えながらそれらの考えに目を通してみた。

・遺族の存在により少年が委縮して事実を話せなくなる――28歳 女性 会社員

・少年が心の内を語れなくなる――14歳 男性 中学生

・少年更生の為の審判が、遺族の傍聴により更生が妨げられると思う――25歳 男性 会社員

如何なる法律や法案であれ、【それ】が出来たという事は【それ】に賛成した人達がいるという事だ。しかし、同時に、【それ】に反対した人も必ずいる。そして如何なる法律や法案であれ弱点はあり、この改正法でも遺族の存在で少年が委縮して事実を話せなくなり、更生が妨げられるとの意見は根強い。一応国会審議ではこの点に配慮して【健全育成を妨げる恐れの無い場合に限る】と法案が修正されたが、いまいち分かり難いと思っているのは中嶋だけではないだろう。

少年審判が少年の更生を目的としている以上、その更生を阻害する可能性がある遺族傍聴を否定する意見があるのは当然だ。とある弁護士によるこんな意見がある。

・裁判官の【君はまだこれからだ】という言葉で立ち直った少年の例もあるが、法廷の遺族に配慮すればそうした働きもしにくくなる。少年審判が刑事裁判化し、責任追求型になる。そう指摘する。被害者支援は経済的援助や精神面のケア、事後的な情報提供などで実現させるべきだとの立場だ。

もちろん、こういう意見に対しても反対の言葉が存在する。
・法廷では親や弁護士、家裁の調査官が付き、少年は手厚く守られている。よってそこまでの気遣いは無用だ

更生の為か?追及の為か?この2点で理論は揺れており、どちらの立場に付くかで賛成か反対かの意見も分かれる。そして、更生のためにこそ、遺族傍聴が必要だという意見もある。

・被害者不在の場で明らかな嘘が通れば、少年に逃げを教える事になる。事件の遺族と向き合うことで、やった事の重みを初めて実感し、反省を深められる。更生のためにこそ、遺族傍聴は必要だ。

ここでとある少数派の意見が出てきた、当事者の言葉である。加害者の為では無く、被害者の為に【こそ】傍聴を否定する意見だ。
以下はとある被害者遺族の意見だ。
・審判後に記録を読んで。加害少女のあまりに幼い言い訳に「想像と違った、膨張していたら冷静さを保てただろうか?

専門家はこう語っている
・少年審判は刑事裁判と異なり、少年の立ち直りを重視する。多くは家裁送致から3,4週間で開かれ事件のショックを受けた被害者は心の整理をする時間が十分に無い。少年が反省を深めず臨めば不用意な発言で被害者が傷つく恐れがある

つまりだ。傍聴した被害者遺族が更に傷付く恐れがある。これがもう一つの反対意見を統括したものだ。

法案の改正点、この事に対する賛成意見と反対意見。大体は書き上げた。実質問題、これで記事は八割方出来ている。しかしこれは新聞やニュースのそれだと中嶋限は考えていた。新聞やニュースがあった事を【報じる】に過ぎないが、雑誌はあった事を【伝える】べきだと中嶋は考えている。というより、新人時代に間もなく定年を迎える大先輩にそう教えられたからだ。

中将弘(なか まさひろ)、週刊ジャーナルの生き字引とも呼ばれている。創刊号から製作にかかわり続け、編集長もこの人には頭が上がらない。デスク昇進や部長への道もあった。他雑誌への移動も打診されたが「わしはこの雑誌が良い」と言い続け、文字通り生涯をこの雑誌に捧げた男だ。
「わしには連れ合いがいなければ子供もいない。これが子供みたいなもんだよ」
とある都市の忘年会で、酒を飲みながら中さんはそんな事を言っていた。そんな中さんに向かって万年平社員なんて口を利ける奴はこの編集部内にいないし、中さんが子供はいないと言った瞬間に、
「何言ってんだよ。俺達は皆中さんに育てられたんだぜ。怒られて、怒鳴られて大きくなった。なっ、おやじ」
若手社員から中堅社員果ては部長まで全員が声を揃えてこう言った。この瞬間入社一年目の中嶋限はこの職場に来れて良かったと感じたものだ。

そんな中さんが教えてくれた事【ただ起きた事を報じるだけじゃニュースや新聞と同じだし、どう頑張ったってそれらには勝てやしない。俺達は何を伝えるか?それが勝負だし、そこは負けたらいけねぇぜ】

だからこそこの記事で何かを伝えなければならないが、何を伝えれば良いのか皆目見当がつかない。机の上で悩んでいると高田デスクから激が飛んできた。
「おい、中嶋!まだ記事が出来ねぇのか?下書きで良いからさっさと持ってこいよ。他の奴等は大体出来てるし、お前の後輩の葉山に至ってはとっとと校了して次の取材に行っちまったぞ!!」

周りを見回せば殆どの連中が記事を仕上げ、後輩の葉山は出先ボードに取材先→直帰と書かれていた。もちろんこれは大嘘で、今夜のデートに間に合わせる為に仕組んだ一工夫。もちろんこれを上司に報告する程野暮ではないし、そこまで暇でもない。実際問題、ノルマの記事は上がっているんだから大目に見てやろうというのが中嶋の考えだ。

課長の机には葉山の上げた記事がある【クリスマスデートはこれで決まり!一年に一度の聖夜を生涯最高の聖夜にしよう!!彼と彼女と繋がる一夜…心も、体も♪】都内のお勧めデートスポットを予算別に紹介し、1か月前の今からでも予約が出来る穴場の店を取り上げたソツのない記事だ。全く…何で葉山が簡単そうな記事で自分にはこんな難しい話題が割り振られるのか、しかもせっかくのクリスマス前にこんな記事を読みたい人がいるのかね?

声に出したつもりは無いが不満は顔に出ていたのだろう。
「なーかーしーまー。お前何をさぼっているんだ?」
高田デスクがすぐ後ろにいる、怖くて振り向けない、固まったままの指先を当てもなくキーボードに向かわせるとデスクの説教が耳元に届いてきた。

「お前の言いたい事は分かるよ。せっかくのクリスマス号。雑誌も、街も、外を歩く人も皆が皆クリスマス気分になり掛けている。それなのに自分だけ何故こんな仕事なのかって愚痴をこぼしたいんだろ?俺も時期ネタらしく誰かと繋がる記事を書きたいってツラだな。顔を見れば分かるよ」
デスクは心の中を見通したように自分の内面を言い当ててきた。確かにそうだ、日本全体が不況に悩んでいる中、せめて楽しい気分で一年を終わりたいはず。そんな時に何故こんな暗い記事を書かねばならないのか。

疑問を口に出したつもりはなかったが、デスクは一事でその問いに答えてくれた。
「でもな、これだって【繋がる】記事だぜ」
禁煙パイポを口に咥えながらデスクは分かりやすく説明してくれた。
「被害者と加害者の繋がり、少年と世間の繋がり、更生と罰則の繋がり、これだって立派な【繋がり】だ。最近の若い者は股間を繋げ合う事ばっかり考えてていけねぇやなぁ」

若い女性社員に向かって言ったのならばたちまちセクハラ扱いされるだろうが、仲嶋は目から鱗が落ちた思いだった。繋がる、繋げる、繋ぐ。人は一人では生きられない以上、誰かと繋がって生きていかねばならない。繋げようとする思いもあれば、繋がりを断ち切ろうとする考えもある。ただどちらにしろ人と人は繋がっているのだ。それが愛情にしろ、憎しみにしろ。

仲嶋は書いた、繋がりを書いた、少年と世間の繋がりを、更生と罰則の繋がりを。そして加害者と被害者の繋がりを。全てを書き上げた時、後から肩を叩かれた。

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仕事くれと思ったり、仕事辞めてぇと思ったり、ニート最強と思ったり、そんな有意義な事を考えつつちまちま更新(?)していくブログです。

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