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償い



償い


「はい、今月もご苦労さんでした」

月末恒例の行事、社長から給料を受け取る時間だ。この日――否、この瞬間ばかりは「あのぼけ社長」と陰口を叩きまくっている従業員達も笑顔で社長にお礼を言っている。もう少しすればこんな光景は消えさって給料袋の代わりに薄い明細を手渡される時代になるのだが、これはまだ銀行振込という四文字熟語が世の中に浸透していない時代のお話である。

「無駄使いをしてはいけませんよ」
社長は社員一人一人に一声一声掛けながら分厚い(中には薄い物もあるが)封筒を渡していく。それを貰った社員の顔は喜びの一種類だが、それの使い方は千差万別だ。貰ったその日にキャバレーへと駆け込む者、競馬場に行って馬へと投資する者、かみさんへと全額没収され残りは雀の涙程になる者、そんな中でも彼の使い方は少々珍しかった。

同僚の社員達はその光景を見ては、
「酒は飲まない、ギャンブルもしない、かと言って女につぎ込む訳でもない。あれで一体何が楽しくて人生を生きているのかね?」
酒とつまみとホステスを小脇に抱えた同僚達はそう言って蔑んでいた。当の本人はと言えば小馬鹿にされても「いえいえ…」と半笑いで誤魔化しているだけ。そして今日も郵便局から真っ直ぐに誰もいない安アパートへと帰って行くのだった。


月末になると ゆうちゃんは薄い給料袋の封も切らずに
必ず横町の角にある郵便局へとび込んでゆくのだった
仲間はそんな彼をみてみんな貯金が趣味のしみったれた奴だと
飲んだ勢いで嘲笑っても ゆうちゃんはニコニコ笑うばかり



それは昔々の話であった。携帯電話やパソコンが常備となる遥か前、給料が手渡しで貰える時代よりも少し前――数字で表すと6年前の事だった。とある運送会社で働いていた男は毎日を充実して過ごしていた。やりがいのある仕事、厳しいが暖かみのある上司、そして一生を共にすると誓った伴侶。人生の歯車がかちっと噛み合っているのを男は感じていた。

それを端的に表すならば【男は幸せだった】その数文字で表せるのだろう。しかしながら幸せ=楽ではない、男は毎日毎日身を粉にして働いていた。護るべきの為なら頑張る事は出来たが、精神と肉体は別物であり、そして男の体はちょっとしたミスを犯した。

それは昔々の話であった。携帯電話やパソコンが常備となる遥か前、給料が手渡しで貰える時代の事。いつもは酒に酔わない彼が焼酎と湿気たつまみを握りしめながら嗚咽交じりに語ってくれた懺悔だった。


僕だけが知っているのだ 彼はここへ来る前にたった一度だけ
たった一度だけ哀しい誤ちを犯してしまったのだ
配達帰りの雨の夜 横断歩道の人影に
ブレーキが間にあわなかった 彼はその日とても疲れてた



【殺人者】聖人君子とまでは言えないが、少なくとも真っ当な道を歩いてきた彼にとってその言葉は酷くこたえた。誰でも良かったを合言葉に見知らぬ人の命を奪う通り魔、狂った神を妄信した挙句に罪も無い人々の命を狩る狂気の教祖、介護や育児が面倒だったと親を――子をいとも簡単に殺してしまう親と子。

もちろん彼はそんな人々とは違うのだが、彼女にとってはそれらと同じ人間だった。全く同じ人殺しなのだ。そんな彼に出来る事は謝罪しかない。否、謝罪しか出来ませんでした。床は濡れていた、彼の涙で。床は窪んでいた、彼の土下座で。にも関わらず彼女は何回も言いました。そう、何回も、何回も。


人殺し あんたを許さないと 彼をののしった
被害者の奥さんの涙の足元で
彼はひたすら大声で泣き乍ら
ただ頭を床にこすりつけるだけだった



それからの彼の人生は分かりません。彼が泣きながら教えてくれたのはその経緯だけであり、そこから先の人生については黙秘を貫き通したからです。しかしながら何となく予想は付きます。1人の男を殺した。その余波は予想以上に彼を巻き込み――いや、彼自身がそれを望んでいたのでしょう。婚約は破談となり、殺人ドライバーをうちには置いておけないと会社を解雇され、世の中を彷徨った挙句にうちの会社に流れ着いた。

酒は飲まない、タバコは吸わない、ギャンブルなんてもっての他だし、人生を楽しむという事すらしない。一度だけ…一度だけ彼が酒に酔い潰れて過去を懺悔した事がありますが、それ以降彼の酔った顔を見た事はありません。そして先月も今月も来月も封筒の封を切らないまま約束の場所へと向かうのです。

 
それから彼は人が変わった 何もかも
忘れて 働いて 働いて
償いきれるはずもないが せめてもと
毎月あの人に仕送りをしている



それは昔々のお話です。携帯電話やディスプレイ越しに交信が出来る時代より遙か昔。通信手段と言えば黒電話のダイヤルを回すか、便せんに文字をしたためポストに投函するか、直接相手の家に行くかしかありませんでした。そして今回のパターンは3番目であり、彼の用件は2番目に関する事でした。

彼の瞳は涙で真っ赤に腫れあがっており、それを読んだ自分も彼と同じ表情になりました。そこに書かれていたのは被害者遺族の気持ちであり、加害者への告白でもあり、そして嘘偽りの無い本音がそこにはしたためられていました。


今日ゆうちゃんが僕の部屋へ 泣き乍ら走り込んで来た
しゃくりあげ乍ら 彼は一通の手紙を抱きしめていた
それは事件から数えてようやく七年目に初めて
あの奥さんから初めて彼宛に届いた便り

「ありがとう あなたの優しい気持ちは とてもよくわかりました
だから どうぞ送金はやめて下さい あなたの文字を見る度に
主人を思い出して辛いのです あなたの気持ちはわかるけど
それよりどうかもう あなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい」



彼は泣いていました、彼は身悶えしていました、彼は号泣していました、彼は落涙していました、彼は声を押さえていました、彼はむせび泣いていました、彼はしゃくり上げていました、彼は涙に溢れていました、彼は体を震わせていました、彼は嗚咽していました、彼は慟哭していました、…彼は、感謝していました。

 
手紙の中身はどうでもよかった それよりも
償いきれるはずもない あの人から
返事が来たのが ありがたくて ありがたくて
ありがたくて ありがたくて ありがたくて


 
彼を見ては思います。
奥さんは彼を許したのか?許すのではなく、単に主人を思い出して辛いから止めて欲しいだけではないか?お金をいくら積んでも最早主人は帰ってこないという事を、彼女自身が一番分かっているのではないか?だからこそ、もう止めてくれと言ったのではないか?奥さんは彼の元婚約者が今も彼の家に行っているのを知っているのではないか?だからこそ【あなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい】そう言ったのではないか?

でも…それでも彼は、封筒を郵便局に持って行く事しか出来ない。奥さんが止めても、同僚が蔑んでも、上司が説得しても、婚約者がその手を掴もうとしても…全ての手を振り払って、彼は今月も封筒を郵便局へと持って行く。それしか…それしか、出来ない。

人生はゲームじゃないし、人生は漫画やドラマでもない。嫌な事があったからってリセット出来る訳じゃないし、辛い事があったからって新展開できれいさっぱりなんていう訳にもいかない。そういう意味じゃ償いなんて出来やしないのかもしれない。

やってしまった事は取り戻せない。

これは非情なる絶対的な事実なのだから。だからこそ僕達が出来る事はたった一つ、後悔しないように、懺悔しないように、悔やまないように、今を一瞬一瞬精一杯生きていくしか出来ないのかもしれない。それでも…それでも…どうしても深い穴に落ちてしまう事はある。人生は安っぽいドラマみたいな作りものじゃなくて理不尽極まりないものであり、且つ情け容赦無いものである。

でも…そんな酷く救いが無い世界だとしても助けはある。あなたに向けてそっと手を差し伸べてくれる人がいる。あなたに向けてふっと微笑んでくれる人がいる。あなたの手をぎゅっと握りしめてくれる人がいる。あなたの事を優しく包んでくれて愛してくれる人がいる。

だからこそ、この世は――人間は、優しい。
  
ここまで書いた所で雑音混じりのラジオから残りの歌詞が聞こえてきました。神様へ、この歌は彼にも届いているでしょうか?神様へ、この歌詞は皆の心に届いているでしょうか?神様へ、この言葉は暗く哀しい世の中を少しは照らしているのでしょうか?答えはなく、闇夜にギターの音色と物哀しい歌声が響くだけだった。


神様って 思わず僕は叫んでいた
彼は許されたと思っていいのですか
来月も郵便局へ通うはずの
やさしい人を許してくれて ありがとう
 
人間って哀しいね だってみんなやさしい
それが傷つけあって かばいあって
何だかもらい泣きの涙が とまらなくて
とまらなくて とまらなくて とまらなくて



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仕事くれと思ったり、仕事辞めてぇと思ったり、ニート最強と思ったり、そんな有意義な事を考えつつちまちま更新(?)していくブログです。

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